『ペンの足跡 「IZA 日本の花言葉」』

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【ペンの足跡】「IZA 日本の花言葉」
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 日高よし子 2014.10.22 6:16
 このページは、これまで他ブログ(IZAブログ名「日本の花言葉」閉鎖の為)に掲載したものです。暫く書き込みしない間に閉鎖されていた、というのが実状。これらも又自身の生きた軌跡、PCに保存していたので遺った「過去」たち。
(20000字制限があるようなので、続きは次回に。)
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2012.7.7 田園地帯に太陽パネルを敷設しないで!』strong>
 
  私の悲しみは、「土の」悲しみでもあるとおもう。
 日本人は、自然のなかで、土や、樹木、風とともに生きて来た。

 この「過去」という地層があってこその日本人であり、それはいまも、これからも人類を支えてくれる筈のものである。


 先日の新聞で太陽光電パネルが田園一帯に敷き詰められているのを見た。

 再生可能エネルギーの一つとして進められている太陽光発電に必要な「パネル」は屋根の上などに取り付けられているのを以前から知っていたが、改めて「土」の上に敷かれているのを見て、ショックとともに、悲しくなった。

 日本人は縄文の頃から 農耕民族として土地に定着して生きて来た民族である。だから、それ自体を自身の「肌の一部」として無意識下にもっているものと思える。

 私は大阪市内で生まれ育ったが、昭和59年に大阪・南河内に引っ越し約2年住んだが、その土地の印象はいまも鮮明である。
 其処は家の近くは勿論、通勤の電車の車窓からも田園が多く見られ、それだけでも自分が生きて来た環境
と違っていた。
 俗にいう「田舎」がこれなのだろうと思った。そして、それをなにより感じたのは、静閑(しずかさ)だった。
 夜だけではなく、仕事休みの日の昼間など家にいて目を閉じると、こころがゆりかごを見つけたように、静閑に溶け込んだ。 そのような経験ははじめてのことで、生きる環境、生きる空間は確かに人間に目に見えない影響を及ぼしていると感じた。

 自分が暮らしていた日常空間から離れると、全く違う「自分に出会う」ことがあるものだが(例えば17才になる年に行った日本海の海と空の美しさを感じた自分)、その時も そうだった。自分の中(永い歴史的、連綿的な生命の中の記憶)の「遺伝子」といえるものが目を覚ましたようだった。

 世界的にいえば、現代から遡って産業革命からたった3世紀(300年)、日本は明治維新以降だから1世紀余りの機械文明社会。
 それ以前の生活様式はみんな自然界を第一としていた。その期間の方が遙かに、遙かにながい。

 見遙かす一帯、緑の樹木、田園の生活空間の記憶、それが折々に、そのことを表出させるのだろうとおもう

(若し私のすぐ下の妹(平成5年死亡)が結婚して子供を産んでいなかったら・・・私の終の棲家として、生涯のずっとをそこで過ごしていたと断言できる。いまでも、あそこから離れたことを後悔している。
 <あれからの私や家族の人生の結果から思うこと>)

 「人間」というのは、絶えず「未知」のものに興味をもち、そこへ進んで行く、という宿命を担わされている。
そして、一歩前へ進めば「足跡」という アヤフヤなものを遺すのみ。

 前へ進む右足の一歩のその時を停止すれば、左足は「過去」に留まっている。
この左足とは、生きて来た愛しい自分の「過去」であり、二度と戻れない「自分自身」である。

 この宿命の中で、自分の生きて来たよりもっと以前の想像もつかない、古の自分の血筋のなにものかが甦ることがある。
 感性、感動の分野の類いは、この文字ももたなかった頃の人間の記憶の甦りであろう。

 「未来」が測り知れないように、「過去」もまた深層の果てに辿り着くことはない。

 その辿り着くことはない「過去」の地球、宇宙の起源究明に挑み続けている科学者達がつい最近、その宇宙の起源解明の一端となり得る「ヒッグス(素)粒子」を発見したと欧州合同原子核研究所が発表。
 半世紀前にイギリスのヒッグス博士が17番目の素粒子には「質量」が存在することを予言していた事が立証されたのだ。

【産経新聞によると、-ヒッグス(素)粒子の理論的源流は4年前ノーベル物理学賞受賞した南部陽一郎氏(米シカゴ大名誉教授)が1960年に提唱した「対称性の自発的破れ」を土台に予言したという。
 そして、この観測には日本の先端技術が大きく貢献した。ジュネーブ郊外の巨大加速器を使った2つの実験チームには世界中から計6000人の研究者の内、16機関から110人日本の技術者が参加しチームの中心的役割を果たした。
 又、日本製資材、加速器、検出器を9社が納入した。
特に実験での「大型」ハドロン衝突型加速器(LHC)に2000台近い超電導磁石が設置され装置の心臓部となっているが、膨大な量の超電導線材の半分近くは古川電工が納入した。――】

 この「過去」などは、地球の、人類の壮大な歴史への探求であるといえる。

 話は大分外れてしまったが、要は人間の遺伝子には、そういう「過去」とは切れないものを宿しており、それが深いところの「悲しみ」や「喜び」を呼びおこすのであるということ

 「太陽パネル」を日本の土地の上に設置しないでほしい。田園地帯にあの「パネル」が敷かれてあるのを想像するだけで、背筋がゾーッとする。屋根か壁面とかなら気にはならないが、「土」の上は・・・・。
 土を窒息させるのはコンクリート、アスファルトだけで充分だ

 エネルギーの事をいうなら、日本海には夢のエネルギー「メタンハイトレード」があるではないか。1日も早く実用化すべきである。そして、福島原発事故が「政府関与による人災」という事が判明している。原発、MH、地熱などの自主エネルギーに軸足を置くべきだ。

 眼が疲れたら「緑」を見ると良いといわれているように、あのパネルの太陽光の反射は人間の眼にも良い筈がない。
 特に暑い夏に田園の緑を見ると暑さがやわらぐ気がするもの。

 以前の作句―“ジリジリ陽 われ水田(すいでん)に 泳ぐなり”  よし子

 私の悲しみは、「土の」悲しみでもあるとおもう。
 日本人は、自然のなかで、土や、樹木、風とともに生きて来た。

 この「過去」という地層があってこその日本人であり、それはいまも、これからも人類を支えてくれる筈のものである。

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2012.4.2 03:11   『 天皇陛下の勇気 』 
石原慎太郎 [日本よ] より

 先月の十一日、一年前の東日本大震災の犠牲者を追悼する式典が天皇、皇后両陛下の御来臨のもと東京の国立劇場で行われた。それからわずか二十二日前、陛下は心臓の大手術を東大病院で受けられており御来臨は危ぶまれていたが、陛下のたっての御意志で実現されたのだった。

 術後間もないこととて当初の予定は半分に短縮されたが、それでも陛下は確かな足取りで登壇されて弔辞を述べられた後に退席された。陛下が舞台の上手から現れた時、実は私は固唾を呑(の)む思いで身を凝らしそのお姿を見守っていた。それは満場の出席者の誰とも違った、私一人の後ろめたさの故だった。

 その訳はあの大震災の十九日後陛下が東京都足立区の東京武道館に避難してきている福島県民を見舞われた時のことによる。私は密(ひそ)かにある筋を通じて、東京武道館にいる被災者たちは他の被災者たちと違って比較的東京に近いいわき市近辺から放射線の危険を避けるべく、原発の危険がまだ定かならぬ時点での勧告で避難してきた人々が主で、あの大津波で着の身着のまま、命からがら、家族を失いながら離ればなれに退避している被災者に比べれば、めぼしい財産をかき集めた上自家用車で逃れてきた人たちで避難生活にも比較的余裕があり、陛下がお見舞いに来られる時間帯にはかなりの人たちが他出しているだろうことを伝えていた。

 しかしやはり被災者の多くは他出していて陛下のお見舞いは予定より早く終わってしまい、警護の都合もあって予定の出発時まで控え室で過ごされることになってその間私は同席し、発災後間もなくヘリで飛んで視察に赴いた福島、宮城、岩手の各都市の惨状を報告し、すでにかつて他の病での手術を受けておられる陛下にはとても無理としても、若く元気なご子息の両殿下を名代として出来るだけ早く現地の見舞いに差し向けられてはいかがと僭越(せんえつ)にも建言させていただいた。
その間皇后陛下は一々頷いて私の言葉を聞いておられたが、陛下はなぜかただ黙ったまま表情も見せずに聞いておられた。

 やがて時が来てお立ちとなり、先行して部屋を出てお見送りのために玄関口に立っていた私の所へ何故か突然陛下がつかつかと歩み寄られ、小声で、しかしはっきりと、「東北へは私が自分でいきます」といわれたものだった。

 私は唖然(あぜん)たる思いでそれを聞き取り、立ち去られる陛下を見送っていた。

 私のような健康体の人間にとっても被災三県へのヘリでの飛行はかなりこたえるものだったが、すでに手術を受けられているお体にとって、ましてそのお人柄からして東京でと同じように被災者に一人一人身をかがめて声をかけられるだろう作業は並大抵のものではあるまい。
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 しかし陛下はそれを完全になしとげられた。同行する県知事や幹部たちはその後ろで侍立しているだけだが、陛下は東京と比べものにならず数多い被災者たちに、東京でと同じように、いや被災者の惨状が惨めなるほど身につまされてだろう、実に懇切に対応されていた。その後の御疲労のほどは計り知れぬものがある。

 私の慰問と視察などは、県の知事室で今後の実務の協定の打ち合わせをした後現地を気ままに歩き回っての視察ですむが、陛下のおつとめは肉体的にもその数十倍、いや数百倍に違いない。陛下からじかに声をいただき感涙した人々はそれでどれほど心を癒やされたことかと思うが、陛下のお体にはとんでもない負担がかかったに違いない。

 そして今回の心臓の大手術とあいなった。それを聞いた時、私はあの東京武道館の玄関口での陛下のお言葉を思い出さぬ訳にいかなかった。しかし思うに、私の建言なんぞの前に陛下はとうにご自分で心に決めておられていたのだと思う。

 そしてその決断と実践がすでに前の手術で痛んでいたお体にさらに鞭(むち)を加えての発病になったのだとしたら、陛下は日本の元首として、国を守るべき一人の兵士と同じように、その職に徹して倒れられたといえるのかもしれない。

 しかし陛下にじかに、余計だったかも知れぬ建言を申し立てた私としては、陛下が心臓の病で倒れられたと聞いた時密(ひそ)かな自責の念に囚(とら)われぬ訳にはいかなかった。
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 追悼の記念式典に来臨された陛下はやはり前よりも痩せられてみえたが、歩く御姿はむしろ普段よりも凛(りん)として見うけられた。

 式辞を述べられ退席される陛下に出来れば私は、二階正面から陛下の御健勝を祈って天皇陛下万歳を叫びたかったが、なぜか司会者は天皇のご退席は着席のままお見送りするようにと案内していたのでそれはかなわなかった。

 一国の元首を兵士に例えるのは非礼かも知れぬが、しかし陛下はその身の危うさを顧みることなく見事な君主として、そして見事な男として、その責を果たされたものだと思う。

 我欲に溺れ国民にいうべきこともいえず、いい訳を繰り返し無為のままこの国を損ないつつある政治家たちは、陛下が我が身を顧みずに示された責任の履行という、責務を負うた者の生き方の原理を見習うべきに違いない。
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2012/10/10 
会開かない政府/国会議員である自覚をメディアが嫌う安倍総裁の「値打ち」/自衛戦争を報じないメディア
 先日の日曜、久しぶりに観た「たかじんのそこまで言って委員会」(やはり三宅さんがいないと締まらな)に出演された安倍自民党新総裁が先ず、民主党は新閣僚も決まったのに臨時国会を開こうともしない、政権与党なのだから幹事長が「公債法案」等、纏めるべく国会開会の為に動くのが当たり前なのに、全然そんな気配すらない。野田総理含めて民主党は何してんの?予算を立て、執行する為に、国会があり、国会議員が選ばれている。それしないのだったら議員をやっている意味がないし、給料泥棒ではないの? 国会議員の給料も日給制にすべき。
 こんなことになる事態など今までなかったことだ。昨年の東日本大震災時で「緊急事態法」がなくて菅(当時)総理はその発令をしなかったから、憲法に盛り込むべきと言われているが、今回のこの事の「新法」も必要だろう。一層、通年国会にすればいい。ホントに国会議員である自覚を持って貰いたいものだ。

 同番組での安部新総裁の次の発言は「尖閣」に絡む日本企業に対する中国の暴虐テロに対して、「ああいう日本企業に対する暴動は義務として当事国が鎮めるべきで、政府はWTO(世界貿易機構)」に直訴すべきだったのだ」という発言は尤もなこと。政府が口では異議を唱えながら暴動をやめさせるべき行動は一切取っていなかったことが問題なのだ。
 そして、メディアの誰もこのような視点で訴えたのを見聞きしたことがない。
 だから安部氏は近隣国=メディアから嫌われるのだ。
だから、メディアはこれからも安倍晋三総裁の事を微々細々に突っつくだろうけど、そうするほどに国民は安倍総裁の「値打ち」を認めて一層の支持をすればよい。

 もう一度、故中川昭一氏の事を思い出すべきなのだ。
日本国民の為、国益の為に政治をした人が世界の謀略のなかで潰された。そういう事だったのだ。

 「リーマンショック」に世界が揺れた3年前のあの日、イタリアでのサミット調印式で当時のIMF専務理事ストロスカーン氏が中川昭一氏(当時、財政金融大臣)のことを「新興国に対し、これまでの人類史上にない貢献をした」と絶讃の演説で中川昭一氏を称えた。そして、そのあとの午後の記者会見であの「朦朧」となったのだ。
 だがあの記者会見を行う中川昭一氏等(隣に白川日銀総裁)のテーブルにはワインボトル・グラスなどが置かれていた事を思い出す。まるでお酒を飲みながらの会見と思わせるようなものだった。だからといって中川昭一氏の前にワイングラスはなかったし、誰もお酒を飲みながら・・というのも見なかったが、今思えば印象操作では・・・・と言いたくなる。なによりあの朦朧の本人が全然自覚のないことだったという事。

 その日、中川氏が日本帰着後、凱旋気分で空港から自宅に電話し奥様から「大変なことになっている」と聞かされてはじめて「その事」を知ったという。
 国会でもすぐに喚問に応じ「ゴックンしたのを(酒を)飲んだと言うのなら、ゴックンはしておりません」とはっきり明言していた。
 なのに、連日のメディアによる「朦朧」攻勢でその年の衆院選挙で小沢一郎氏の秘書だった石川知宏候補に敗退。
 その年の10月に中川昭一氏は亡くなった。
中川昭一氏の友人に医者がいて、健康診断にも異常はなかったという突然死だった。
 中川昭一氏の「戦略的貢献」などメディアに一度も取り上げられないままだった・・・・。

 再度、安倍総理になってもらってこんなメディアも一掃してもらいましょう。

 あの中川昭一氏がいる頃は「日本も核保持を」という声もあったが、いまはそんな声も聞かなくなった。
 私利私欲の為の「他国の利益」ではなく、本当に無私な「国民の利益」の為の政治を為す政治家は本当に少ない。
 その中の一人、安倍晋三氏を私達国民が支えなくて、誰が日本国を守ってくれるのか。
 
 もう最後の人かもしれない。その覚悟を持たなければならない時に、日本はあるという事を、忘れず、肝に銘じて・・。
 安倍晋三氏が掲げる「戦後体制(レジーム)からの脱却」というのは、敗戦後の日本で米占領軍(GHQ)に押し付けられた体制からの脱皮ということ。だから、「憲法改正」をその最たるものとして訴えているのだ。
 そして、私はなんどもこの場で書いているが「東京裁判史観」もそのひとつ。なにより、戦犯A・B・C級と銘打って処刑した当のマッカーサーGHQ最高司令官が、昭和25年朝鮮戦争(米:中ソの代理戦争)勃発後の翌年の昭和26年にアメリカ上院で「日本の先の戦争は侵略ではなく《自衛》のためだった」と証言した。 しかし、日本の主要メディアは「その事」を報じなかった。

 だから、そのことをこそ問題にすべきなのだ。

 「自衛戦争」は国際法的に認められた戦争である。結果的にA級戦犯として裁かれ刑死した人はかえってこない。
 その人達を尚、鞭打つのかという事を日本国民は省みなければならなかったのだ、ずっと。
 昭和27年日本講和後のその当時に於いては、処刑された「A級」以外の未決囚の処置は日本国民の判断に委ねられ、3000万人からの(当時の人口に近い)国民嘆願署名により釈放、解放された。

 靖国神社参拝も天皇陛下を筆頭に総理大臣、全ての閣僚も参拝していた。それがオカシクなったのは昭和50年代に三木武夫総理大臣が就任して「私的参拝」を口にしてからだった。(韓国が「慰安婦」を言いはじめたのもこの時くらいからで、昭和40年に日韓国交回復も為されていて日本は経済協力金として韓国の国家予算に相当するお金を与え、加えてその10倍に換算出来る構造物インフラも無償で与えた。その上で、双方の国は、以後一切の請求権は放棄するという文言を交し条約調印した。だから捏造の「慰安婦」の話などは無視すればよかったものを、三木武夫総理の夫人がこれに加担して民間団体として「慰安婦基金」を作った) こういう経緯のある「三木総理と夫人」以降から日本の本当の戦後体制が構築されたといえる。

 だが本当の「根っこ」は「マッカーサーの自衛戦争証言」を報じなかったことにある。潜在していたのが表面に毒花を顕したのだ。
 その三木武夫総理の「私的参拝」発言以降、天皇陛下も御親拝を遠慮されるようになった・・・。これが靖国神社参拝が政治化していくきっかけである。

 侵略戦争を犯した軍国主義者を祀っているから分祀をと、「靖国神社参拝反対」を唱える人達はその理由付けにする。そこにこのポイントがある。それを言う事によって「憲法改正」が抑えられるからである。
 「憲法改正すれば又武器を持って日本は侵略する」そう言い続ける事ができる。それを願っているのが昔は(戦争対峙国)だったが、現在は近隣国である。

「国力(防衛力)あってこその外交」というように、防衛力持たさず、なんでも言いなりにしたい、しておきたい、それが近隣国の「国益」に適うことなのだから。

 韓国に関して、
 天皇陛下に対するあの非礼を通り越した韓国李大統領の謝罪発言もないままで、韓国への「スワップ協定」に関して、昨日の新聞で民主党の城島新財務相は「増額した5兆円は10月で失効するが又希望があれば・・・」と含みをもたせ、おまけに「以前の額1兆円はそのまま」と言う事ではないのか?ウォン安の韓国を助けて、そのお蔭で円高が鎮まらず日本(輸出)企業が甚大な被害を受けているのになんで全ての「スワップ」を全廃しないのよ。
 それでも日本の政治家か!
これまで「スワップ」してあげた見返りに「竹島」返せ!と請求すれば?
 天皇陛下に対する侮辱は、イコール日本国民対するものということだ。謝罪もないのに、こちらが相手に与みする様では外交もなにもあったもんじゃない。
謝罪があるまで「韓国とは絶交」、忽ち困るのは韓国で捏造の「慰安婦」なんか言っておれなくなるよ。
 それとも、困るのは「民主党」なの?

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2012.10.7 21:50 (1/2ページ)[産経westライフ]
   『中国企業、手ぐすね!? 「脱原発」で海外勤務希望の技術者1・5倍に 流出懸念高まる』
 政府が「2030年代の原発稼働ゼロ」を柱としたエネルギー・環境政策を打ち出すなか、技術者の転職などを支援する団体に登録し、海外での勤務を希望する原子力関連技術者が、東日本大震災以前と比べ1・5倍に増えていることが7日、分かった。
 この団体には、中国の企業からの引き合いが増加しており、脱原発の動きが日本の原発技術の低迷だけでなく、海外への技術流出を進める実態が浮き彫りになった。

 技術者の転職などを支援する日本技術者連盟の下部組織で、平成22年に設立された国際原子力発電技術移転機構によると、海外勤務を希望する登録者が現在約300人。東日本大震災による東京電力福島第1原発事故以前の昨年2月時点の約200人から急増しているという。
 登録しているのは、日立製作所や東芝、三菱重工業のOBで原発関連の技術者や研究者らが中心だが、震災後は電力会社などの現役世代の原発担当者も目立つようになった。

 こうした世界的にも高い技術力を誇る日本人の獲得を狙っているのが、原発建設を進める中国。
運転中の原発は15基(1244万キロワット)だが、建設中は26基、計画中は232基に上る。
かつては欧州の技術に頼っていたが、原発の国産化に舵を切っており、原子力関連の技術者の確保は急務となっている。

2012.10.7 21:50 (2/2ページ)[産経westライフ]
 東日本大震災以降、日本技術者連盟には、中国核工業集団や中国広東核電集団など、中国の原発関連企業からの技術者募集が急増しているという。中国の原発事情に詳しい民間シンクタンク、テピア総合研究所の窪田秀雄副所長は「日本では使えなくなりつつある技術が生かされ、タイグウガよければ、海外に活躍の場を求めるのは自然な流れだ」と警戒を呼びかけている。

2012/10/08IZA投稿
 この「原発稼働ゼロ」政策は本当にこれからの日本の経済そして防衛を考えた時、大きな禍根となる。
 「再生可能エネルギー」の電気料金(企業にとっては原価増となる)の負担という「効率」面が未知数という中、原発と同等の「原価」のエネルギーが失われるという事は、世界的に需要減少傾向の最中、企業が他国と「価格面」で対抗できなくなる。
 
 下記に引用しているように、日本の原発の技術者が中国や韓国へ流出すれば(それでなくとも民主党政権になってから他の分野でも多数の技術者が流出している)、日本の高度な原発技術を期待している日米原発協定も中国と結ぶという事態も考えられる。これらはイコール世界における日本の存在が埋没する未来を自ら招くという事だ。
 現に福島原発炉はアメリカ製だったが(一部に欠陥あった)、日本製だったならああいう事態にはならなかったといわれている。それほど、日本の原発技術は優れている。
なのに、そういう事を知ろうともしないで、「脱原発」デモで煽ってばかりいる。
 そして、「福島原発」は太平洋という「大きな海甕」だったからあのような大津波となったのだ。
日本海など及びようもない。 加えて、菅政権の過剰介入による「不手際」があった。

 ほんとに日本人にとっては「三重苦」であった。 
 
 だから物事を判断する時には、「すべて同じ」という考え方はすべきではないだろう。
 10年後の先ではなく、現在これからのエネルギーをどうするのかという事を考えるのが先決だろう。

 昨年、原発をすべて止めた時、原油価格は3倍にはね上がった。
勿論、日本向けだけにである。このように世界は善意ばかりで動いていない、もっと腹黒いと知るべきだ。
原発を回していてこそ原油価格は安定する(それは国際情勢と連動する事は当然という事を前提とするが)。
 自主エネルギーがなく輸入に頼るばかりの日本であれば、なんどもここで書いているが、技術者だけでなく。「企業が海外流出」して行けば日本人の雇用が保たれなくなるのは自明である。「原発ゼロ」は日本衰退のはじまり・・・・

 そして、「原発ゼロ」になって一番喜ぶのは中国はじめとする近隣国であるのは言うまでもないだろう。
「ウラン」とともにその「核技術」を日本が持たないということであるからだ。
 これから日本が「憲法改正」して「国防軍」を持とうが、もうこわいものはないと、ほくそ笑んでいるぞ。

 存在感のなくなった日本をアメリカは見限り、もうひとつの近隣の同盟国・韓国に肩入れするようになる。その政策を推し進めているのが「民主党」の政治だったのである(日本企業を助けず、韓国への5兆円のスワップ協定など見れば顕著だろう)。
 日本国民よ、賢明であれ。
            以上。

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